韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
韮崎市民俗資料館では、平成29年度夏季ミニ企画展として「発掘でわかった土器づくり」を開催しています。

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 平成29年度 夏季ミニ企画展 「発掘でわかった土器づくり」 

  会期:平成29年7月23日(日)〜9月3日(日) 

日本列島では、1万年以上前の縄文時代から土器づくりが行われていたことがわかっています。
縄文土器のほとんどは、煮炊きに利用されています。
今でいう鍋のような役割をしていました。
土器による煮炊きが可能となったことで、食べられる食物が飛躍的に増えました。
今回の展示では、韮崎市内で発掘された資料をもとに土器(うつわ)づくりについてみていきたいと思います。

◎土器の製作工程とライフサイクル
粘土採取 → 素地土づくり(粘土と混和材を混ぜ合わせる) 
→ 成形 → 施文・調整 → 乾燥 → 焼成 → 使用 
→ 破損 → 廃棄

【展示1】 生粘土と土器づくり
展示資料:石之坪遺跡出土の生粘土および土器片、宿尻第二遺跡出土の生粘土

生粘土と土器づくり
















◎生粘土(なまねんど)
石之坪遺跡(円野町)の土坑からは、縄文時代中期の生粘土が見つかりました。
土器をつくるために粘土を採取してきて、穴の中で保管していたものと考えられます。
市内の遺跡からは大量の土器が確認されていますが、生の粘土が確認されることは極めて珍しいです。
発見された当時は、白色でした。

【展示2】 時期による素地土の違い
展示資料:上手沢遺跡出土の土器片(縄文時代前期)
     下馬城遺跡出土の土器片(縄文時代中期)

時期による素地土の違い















◎素地のいろいろ
上手沢遺跡出土の縄文時代前期の土器は、粘土に植物繊維が混ぜられています。
繊維が入ることで器面がガサガサになり、断面が黒くなる特徴があります。
石之坪遺跡出土の縄文時代中期の土器は、よくみると粘土と砂などを混ぜて素地がつくられています。
文様も様々な種類があります。

【展示3】 土器を作る作業台
展示資料:女夫石遺跡・石之坪遺跡・坂井遺跡・下馬城遺跡出土の台形土器

土器を作る作業台
















◎台形土器(だいがたどき)
土器製作の際の作業台として使われたことが推定されています。
とても珍しい土器ですが、韮崎市では多くの資料が確認されています。

【展示4】 文様と焼成
展示資料:石之坪遺跡・下馬城遺跡出土の土器片
石之坪遺跡出土の焼成粘土塊

文様と焼成














◎文様のいろいろ
・縄文(じょうもん)・・・植物繊維を撚ってつくった紐を土器の器面に回転して文様をつけます。
・竹管文(ちくかんもん)・・・竹や笹などを加工した工具を利用して文様をつけます。
・隆帯(りゅうたい)・・・粘土の紐を器面に貼り付けて文様をつくります。
・沈線(ちんせん)・・・棒状の工具を使って溝状に線を引き文様をつけます。

◎焼成粘土塊(しょうせいねんどかい)
粘土の焼けたかたまりです。石之坪遺跡の住居跡の中からみつかりました。

【展示5】 古墳時代の器づくり
展示資料:御座田遺跡出土資料

古墳時代の器づくり
















平成28年度龍岡地区圃場整備事業にともなって御座田遺跡の調査で発見された資料です。
調査では、斜面に古墳時代後期(6世紀後半)の須恵器の窯跡が存在することが確認されました。
山梨県内の窯跡としては最古級のものと考えられています。

御座田遺跡 坏















御座田遺跡 癒着資料
















◎須恵器とは・・・
古墳時代中期に朝鮮半島からロクロと窯の技術が伝わりました。
それまでの土器は屋外で焼いていたので、温度が500~900℃くらいまでしか上がらず、赤みを帯びた軟らかい土器でした。
須恵器は窯を使って焼くため、1100~1200℃という高温で焼くことができ、灰色の硬い土器を作ることが可能になりました。

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