韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
一年の半分が過ぎ、もうすぐ七夕。
7月から、韮崎市に正午を告げる防災無線のチャイムが「たなばたさま」に変わりました(7月15日までの限定)。

♪笹の葉 さらさら 軒端に揺れる 
 お星さま きらきら 金銀砂子

この歌を聴くと、七月が来たなぁと感じます。
全国の子供から大人まで、多くの人がそうではないでしょうか。

韮崎市の正午に「たなばたさま」のチャイムが流れるのには、大きな理由があります。
この歌の作詞者である権藤はなよさんは、韮崎市穴山町の出身なのです。

JR穴山駅に隣接する穴山さくら公園には、権藤さんの功績を伝えるため「たなばたさま」の詩碑が建っています(平成25年建立)。

たなばたさま歌碑














童謡詩人・童話作家の権藤はなよさんは、明治32年に北巨摩郡穴山村(現・韮崎市穴山町)伊藤窪に生まれました。
実兄の伊藤生更さんは、斎藤茂吉に師事し、アララギ派の歌人として活躍したという文芸の才に秀でたきょうだいでした。

はなよさんは山梨県師範学校を卒業したのち故郷の小学校教員となりますが、文学の夢を追うため上京。出版社に勤めながら詩をつくります。
このあたり、『赤毛のアン』の翻訳者で童話作家の村岡花子さん(甲府市出身)の生き方と重なるものがあるような…。花子さんは、はなよさんより6歳年上。ほぼ同世代です。

はなよさんは、童謡詩人として名高い野口雨情(「七つの子」「赤い靴」などを作詞)に見出され、雑誌に童話や童謡詩を発表して活躍するようになりました。

「たなばたさま」は、当時の文部省からの依頼を受けてはなよさんが作詞し、昭和16年に国定教科書に掲載されました。
戦後、政治も文化も激変する中で、「たなばたさま」は変わらずに愛され、今でも子供たちが口ずさんでいます。
それは、この歌が持つ極限までシンプルでありながら忘れがたい言葉の響きと、そこから想像される美しい夜空、涼しげな風…そういったものが誰の心をも打つからではないでしょうか。

さらさら、きらきら…子供にも歌える簡単な言葉と、「軒端」「金銀砂子」という優雅な古語が織り交ぜられている所に、独特の美しさを感じます。

「のきば」?「すなご」?「ごしき」?子供のころは意味も分からずに歌ったことと思います。私もそうでした。
大人になったとき、ふと「あの歌詞の意味って何だろう」と思って調べて、「そうだったのか」と知る。より一層、歌が作り出す情景が鮮やかになることでしょう。
それはとても粋なことだと思います。
(私が子供の頃、最も分からなかった「砂子」は、金箔や銀箔を粉状に砕いたもののことでした)

韮崎市穴山町には、権藤はなよさんの詩碑が公民館など10カ所に設置されています。

夏目公民館 「ないしょないしょ」の詩碑
ないしょないしょの歌碑














穴山には、雰囲気のある神社や、明治時代のレンガトンネル、道端の道祖神など、お散歩ポイントが色々あります。詩碑とともに巡ってみてはいかがでしょうか。

「穴山さんぽ道マップ」(韮崎市観光協会HPより)
※下記のマップには9カ所の詩碑の記載がありますが、その後福祉施設「穴山の杜(ショートステイ)」に10カ所目が新設されました。
穴山さんぽ道マップ















明治時代のレンガトンネル。
穴山さくら公園の南側にあり、かつてスイッチバックを行っていた土手に開けられたトンネルです。
明治時代のレンガトンネル(スイッチバックの土手)














稲倉穂見神社本殿には、繊細な彫刻と組み物があります。
稲倉穂見神社 本殿
















稲倉穂見神社 彫刻と組み物














御名方神社には、神さま(建御名方命)が馬を休めたという「馬蹄石」や、神さまの馬が蹄を滑らせたという「蹄の滑り石」があります。
何気なく見える石にも、実は伝説が秘められていたり…。

御名方神社
御名方神社












馬蹄石
馬蹄石












馬蹄石の由来












蹄の滑り石
蹄の滑り石














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