韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
平成29年4月6日(「城の日」です!)、わが韮崎市の「新府城跡」が“続日本百名城“に選ばれました。
新聞やテレビなどでも報道されましたので、ご存知の方も多いかと思います。

続百名城認定証(ブログ用)














“続日本百名城”は、財団設立50周年を迎える公益財団法人「日本城郭協会」様の記念事業の一環として、公募・選定が行われました。
2006年に40周年記念事業として「日本百名城」を選定したことに続く事業です。
全国から推薦によって候補を集め、専門家の方々の精査によって“続百名城”が選ばれました。

「続日本百名城」一覧は下記リンクからご覧になれます。
(日本城郭協会ホームページ)
http://jokaku.jp/2017/04/06/next-top-100-castles-announced/

北は北海道から南は沖縄まで、時代も8世紀の秋田城(秋田県)から幕末の品川砲台(東京都)までバラエティに富んでいます。

今年の大河ドラマ「おんな城主直虎」ゆかりの徳川家康の「浜松城」(静岡県)も入りましたし、
昨年の「真田丸」のゆかりの「岩櫃城」「沼田城」「名胡桃城」(すべて群馬県)は三つそろいぶみです(すごい!)。

ここ山梨県からは、新府城(韮崎市)と要害山城(甲府市)が選ばれました。
前回の「日本百名城」では、躑躅が崎館と甲府城(ともに甲府市)が選ばれていますので、続編を合わせて山梨県からは四か所が認定されたことになります。

要害山城は、武田信玄の父・信虎が築いた山城で、平時居住する躑躅が崎館に対して、詰城(戦のときなどの最終拠点となる城)となる役割を持っていました。

そしてわが新府城は、武田信玄の四男にして後継者である勝頼が、武田家の新たな拠点とすべく1581年に築いた城です。
広大な武田家領国(北は新潟県、東は群馬県、南は静岡県の駿河湾、西は岐阜・愛知県まで及ぶ)を治めるべく、防御と交通の利便性の双方を兼ね備えた韮崎の七里岩台地上に築きました。

織田軍の侵攻を前に、勝頼自ら火をかけて落ち延びた悲劇の城というイメージですが、実際に訪れると西側の切り立った崖、北側の湿地を利用した堀、武田流築城術の象徴「丸馬出し」と「三日月堀」など、悲劇だけではない力強さも感じられるのではないかと思います。

先日、日本城郭協会さまより立派な認定証が韮崎市に届きました。
民俗資料館の新府城の模型のとなりに飾らせていただきました。

続百名城認定証コーナー(ブログ用)
















全国にあまたある城・城跡の中から新府城を選んでいただけたことは、光栄な限りです。
韮崎市の誇りがまたひとつ増えました!

※なお、「続日本百名城」のスタンプラリーはまだ始まっておりません
  記念スタンプもまだ頂いてはおりません。
  スタンプラリーが開始される時が来ましたら、また改めてお知らせいたします。


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