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常設展示のご案内 ~埋蔵文化財編~

常設展示のご案内
09 /27 2016
【常設展示のご案内】 埋蔵文化財編

韮崎市民俗資料館の常設展は、埋蔵文化財と民俗資料(江戸〜昭和時代の生活道具)の二本柱からなっております。
最も古い展示物は約2万年前の旧石器時代のナイフ形石器、そして最も新しいものは昭和40年代のカラーテレビです。
韮崎市の二万年の歴史がこの一室に詰まっているといえます。

埋蔵文化財部門のうち、特に見どころとしてお薦めしているのは次の三つです。

【みどころ1】後田遺跡の仮面土偶(愛称:ウーラ)
後田遺跡の仮面土偶(ブログ用)
約3500年前の縄文時代後期の土偶です。逆三角形の仮面をつけており、「仮面土偶」として知られています。神秘的な仮面の雰囲気はもとより、お腹から下半身の力強い造形、体の表面にほどこされた襷や渦巻き状の文様など、人々を惹きつける魅力があります。
過去には大英博物館に貸し出されたこともある土偶です。
公募によって愛称は「縄文の仮面小町ウーラ」と名付けられました。

【みどころ2】石之坪遺跡の土偶(愛称:ミス石之坪)
約4000年前の縄文中期の土偶で、ていねいに磨かれたなめらかな肌が特徴の「美肌土偶」です。顔と体には細い線でびっしりと文様が刻まれており、その溝の中には赤い絵の具が残っている部分もあり貴重です。
見る角度によって優しくも厳しくも見える変化に富んだ表情が魅力です。
にらみんのモデル(韮崎市石之坪遺跡出土) ブログ用

【みどころ3】女夫石(めおといし)遺跡出土品
女夫石遺跡出土品
中央道韮崎ICの近く、茅が岳のすそ野の小高い場所に位置する女夫石遺跡からは、石棒とともに多くの土偶の破片が見つかっています。土偶の出土状況の密集具合は、通常の遺跡を大きく上回っており特異と言えます。
女夫石遺跡からは南アルプス山系の鳳凰三山が良く見え、春分・秋分の日には鳳凰三山のうちの地蔵が岳の山頂(オベリスクという巨石がある)に日が沈むのが見えるという特殊な場所です。縄文人がそのことを知っており、土偶を使った儀式を行う場所として集落を形成したのではとも考えられています。


埋蔵文化財部門は「武田の里の礎(いしずえ)」と題し、旧石器時代の石器から江戸時代の陶磁器破片まで、韮崎市内の様々な遺跡からの出土品を時代を追って展示しています。
武田の里の礎

1 旧石器時代のナイフ形石器の展示
旧石器時代の展示

2 縄文時代早期から中期の土器の展示
縄文時代早期から中期の土器の展示

(2の一例)縄文時代早期の土器(次第窪遺跡)
早期の土器

(2の一例)縄文時代前期の土器の破片(能見城跡)
半分に割った竹のようなもので細かな文様が付けられていることが見て取れます。
前期の土器

(2の一例)縄文時代中期の土器。立体的な文様が見どころ。
中期の土器

3 縄文時代中期から後期の土器の展示
縄文時代中期から後期の土器の展示

(3の一例)ヘビが口を開けた様子や、とぐろを巻く様子を表現したと考えられる土器(下馬城遺跡)
下馬城遺跡の土器

(3の一例)3のケースでは比較的大型の土器を展示しています。
石之坪遺跡出土土器
石之坪遺跡の土器2
石之坪遺跡の土器

(3の一例)縄文時代後期の土器(右と左は石之坪遺跡、中央は宮ノ前遺跡)
後期の土器

4 縄文時代の石器の展示
石棒、石皿、多孔石などの石器を展示しています。
石器の展示

(4の一例)
石製の垂れ飾り、つまりペンダントです。(左と中央は石之坪遺跡、右は飯米場遺跡)
垂れ飾りや石斧の展示
垂れ飾り

(4の一例)
黒曜石製の矢じりや、石製の打製石斧、磨製石斧。
矢じりなど
磨製石斧
打製石斧

5 弥生時代の出土品の展示
弥生時代の展示

6 古墳時代の出土品の展示
古墳時代の展示

7 奈良・平安時代の出土品の展示
奈良・平安時代の展示

(7の一例)墨書土器(宮ノ前遺跡、中田小学校遺跡)
墨書土器

(7の一例)宮ノ前遺跡の甲斐型土器(奈良時代から平安時代に甲斐国で特徴的に見られる土師器)
甲斐型土器

(7の一例)須恵器(中田小学校遺跡、宮ノ前遺跡)
平安時代の土器
須恵器

(7の一例)土師器(中田小学校遺跡)
土師器

(7の一例)須恵器大甕(宮ノ前第五遺跡)
須恵器大甕

(7の一例)鬼瓦(宮ノ前第二遺跡)。平安時代、そこに寺院があったことを示している。
宮ノ前遺跡コーナー
鬼瓦

(7の一例)瓦塔(宮ノ前第二遺跡)。土製のミニチュア五重塔の破片と考えられる。
瓦塔

(7の一例)鉄製品(宮ノ前遺跡)
鉄製品

(7の一例)腰帯具(三光池遺跡、宮ノ前遺跡)。腰帯に付けた石製の飾り。この遺跡の付近に古代の役所があったことを推測させるもの。
腰帯具

8 近世の出土品の展示
苗敷山コーナー

(8の一例)苗敷山山頂遺跡出土の陶磁器。
韮崎市の南西部に位置する苗敷山は、山頂に穂見神社が鎮座し、五穀豊穣の利益があるとして篤く信仰された。
江戸時代には神仏習合として宝生寺という寺も山頂にあり、そこからは陶磁器や石臼、すり鉢などの生活品が出土した。参詣者で栄えた当時の様子が想像できる。
苗敷山 陶磁器
苗敷山 すり鉢など

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