韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
先日4月30日、今年度最初の「ふるさと歴史再発見ウォーク」(韮崎市中央公民館主催)が行われました。
今回は、真田丸&武田勝頼公人気で注目の「新府城跡」ウォーク。
何回かに分けてレポートします。

当日はカラリと晴れ渡り、暑からず寒からず絶好のウォーキング日和となりました。
新府城跡見学者駐車場からの鳳凰三山。勝頼さんもこの美しい山々をのぞんでいたのでしょうね。
鳳凰三山がきれいに見えました















今回の新府城跡ウォークは、城の西北に位置する乾門跡(搦手)から入るコースをとりました。
<行き>
駐車場に集合→北側の掘→乾門→帯郭をめぐって大手をめざす→丸馬出しと三日月堀→大手→東・西三の丸の下をめぐって→二の丸の脇を通って→本丸
<帰り>
本丸→二の丸→井戸跡→乾門→北側の掘→駐車場
というルートで歩きました。

「新府城跡お散歩マップ」で示すと、下図のようなルートです。
青い矢印が本丸までの往路、赤い矢印が本丸からの復路です。
お散歩マップでのルート















(お散歩マップと案内パンフレット「親子で歩く新府城」は下記からダウンロードできます)
http://niramin01.blog43.fc2.com/blog-entry-515.html

往路を本丸跡に設置してある想定復元図で示すと、下図のようになります。
想定復元図でのルート















9時30分に新府城跡見学者駐車場に集合し、スタートしました。
駐車場に集合して出発














県道17号線を車に注意して渡り(交通量が多いのでくれぐれも気を付けて横断してください!)、城の北側の掘に添う道を歩いて行きます。
見渡してみると、歩いているこの道よりも城に近い側(下図写真の左側)に向かって低くなっていることが分かります。
この低い部分が堀だったところです。
桃畑の中の道をすすみます















↓下の写真で皆さんが説明を受けている場所もかつては堀だったということになります。
ここもかつては堀の中













草むらの中には湿地帯になっている所もあります。明らかに乾いている部分以外の草むらに入る場合は、長ぐつを用意したり、足元がぬかるんでないかよく確認してください。

ちなみに、新府城北側の堀には、「出構」という突き出た部分が東西にあるが特徴です。
(下の写真は冬に撮影したものです)
この突き出た土手は鉄砲を撃つための陣地とも、堀の水位を調節する土手だったとも考えられていますが、正確には分りません。
東出構















城の北西の入り口である乾門跡をめざして歩いて行くと、近年整備された砂利敷きの広場に着きます。
写真入りで新府城について解説した説明板やベンチも設置してありますので、お城へ入る前にぜひご覧ください。
何かを見ています














新府城跡とその周辺にある関連史跡の位置が分かります。
説明板を見ていました














家臣の屋敷の場所や、新府城の北の防御となる能見城(韮崎市穴山町)の場所を示しています。新府城だけでなく、その周辺の施設との関連性を知ることでより具体的に戦国時代のイメージがわくことでしょう。
周辺の遺跡も分かります














広場からは、現在でも水の溜まった堀を見ることができます。
発掘調査によると、この堀は今よりもさらに1.5m以上深かったそうです。
城に近づくと水が溜まっています













広場から水堀に沿ってさらに進むと、城の北西の玄関口「乾門」への土橋に到着。
この土橋で堀を渡り、いよいよお城の中に入っていく訳です。
乾門の土橋













乾門の跡と桝形虎口です。
乾門跡と桝形虎口に到着













昨年度、門の柱の跡を示す表示や礎石の復元、桝形の土塁の整備、解説板の設置が行われ、門と桝形の形がよりイメージしやすくなりました。
桝形がよく分かるようになりました
















乾門枡形虎口の整備前の状況
乾門 桝形虎口整備前の状況












乾門には外側に一之門、内側に二之門という二つの門がありました。

一之門の柱穴の出土状況
乾門 一之門の説明










二之門の礎石の出土状況
乾門 二之門の礎石の説明











この二つの穴は一之門の柱の跡を示しています。
乾門 一之門の柱穴表示













ここでご注目。一之門の正面が土塁になっていますね。二之門は、一之門の正面でなく、右にずれた場所に作られています
つまり、敵が攻めて来た場合、一之門を突破してなだれ込んできても正面の土塁にぶつかってしまいます。ここで勢いをそぐことが出来るという訳です。

このような構造を喰違虎口(くいちがいこぐち)と言います。虎口は出入口という意味です。

二之門跡には柱の礎石の復元がされています。
乾門 二之門の礎石表示













なお、乾門の二之門跡からは、柱の礎石とともに焼け焦げた木材(炭化材)が出土しています。
武田勝頼は天正10年(1582)の3月3日に新府城に火をかけて落ち延びたと伝えられています。そのことを生々しく伝える痕跡でしょう。
礎石と炭化材の出土状況は乾門二之門の解説看板で見ることができます。
乾門 二之門 炭化材の説明













乾門の二之門跡を出ると、道が二手に分かれます。
左右の道の分岐














右の道を行くと、上り坂になり、井戸跡や二の丸を経て本丸へ行くが出来ます。
乾門から最短距離で本丸を目指す場合は、こちらの道がおすすめです。

一方、左の道を行くと、城を取り巻く帯郭(おびぐるわ)の跡をめぐるコースになります。
郭(曲輪)とは、城の中を土塁や石垣、柵などで囲んで区切った区域のことを言います。
「帯郭」は、城の外周の中腹を取り巻くように作られた平坦な部分のことです。
新府城の帯郭は、城の周りをぐるりと半周して、城の南側入り口である丸馬出しや大手に向います。

帯郭コースは、時間に余裕があり、城の構造をより詳しく体感したい方向けと言えます。
草むらや落ち葉の上を歩くので、足首まで覆うズボンとしっかりした運動靴を履いていることが望ましいと思います。
また、途中で斜面の上り下りがあるので、足の弱い方にはおすすめできかねます。

今回のウォークはたっぷり半日かけて正午まで城内を巡りますので、左の道(帯郭コース)をとります。
左の道へ













→次回へ続く
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