韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
今日からゴールデンウィークに突入ですね。
桜と桃の花のピンクに染まった4月は美しくもあっと言う間に駆け抜け、気が付けば濃い緑が葉陰を作るようになっています。
葉のざわめく音も大きくなり、蔵座敷や花子の家の周りでは、葉の茂みが地面に落とす陰が日に日に広くなってくるのが感じられます。まさに「緑陰」です。
蔵座敷の障子には外の緑が映えて、緑に染まっています。もう「初夏」ですね。

蔵座敷の中では、愛らしくも勇壮な五月人形がみなさまのお越しを待っております。

五月人形出しました














昭和54年の武者人形です。
武具や旗、太鼓、鯉のぼり、かがり火など飾りも盛りだくさんで立派です。
立派な五月人形













私のお気に入りは、紙で出来たミニ柏餅。かわいい!
柏餅













粽(ちまき)もきれいに作られています。
ひな飾りには固い菱餅しかないので、手の込んだ粽や柏餅のミニチュアは私にはうらやましく感じられます。
粽













ちなみに、この五月人形を贈られた男の子は、のちに素晴らしいアスリートへと成長されました。
ですから、このお人形を見ると、心身ともに健やかで運動神経抜群になれる気がします。
もちろん、すべての五月人形は子どもの健やかな成長を祈って飾られるものですが、このお人形は特にご利益がありそうに思いますよ^^

「端午の節供」の「端午」とは、もともと「月の最初の午(うし)の日」という意味でした。正月を寅の月と考える旧暦では、午の月は5月に当たります。また、「午」は「五」に通じるため、5月5日は五が重なる日とされ、この日に端午の節供が行われるようになりました。
古代中国では、端午の日に薬草を摘んだり、蓬で出来た人形を飾ったり、菖蒲を門に掛けたりして邪気を払ったそうです。
日本の宮中では、奈良時代から端午の節句に薬草を丸くして飾りをつけた「薬玉(くすだま)」を贈り合う習慣がありました。
鎌倉時代の武家社会になると、菖蒲が「尚武」(武を重んじること)につながると考えられ、端午の節句は男子の成長を願う行事となりました。
そして、江戸時代には、のぼりを立てたり、厚紙で作った鎧兜や紙に描いた武者絵などを飾るようになりました。

江戸時代初期から中期の端午の節供では、玄関の周りなど道に面した場所にのぼりや兜、なぎなたなどを飾っていました。
江戸中期以降、それらがミニチュア化し、道に面した場所から縁側へ、さらには座敷へと飾る場所が変化したと考えられているそうです。「外飾り」から「内飾り」への流れがあったのですね。
江戸時代後期に成立した、室内に飾るための工芸的な鎧兜や武者人形が現在の五月人形の原型と考えられています。

民俗資料館の展示室では、山梨独特の端午の節供飾り「おかぶと」もごらんになれます。
現代では姿を消してしまった珍しい資料ですので、こちらもお見逃しなく!
当館蔵のおかぶと












穂坂小学校旧蔵おかぶと












「おかぶと」については、下記の記事をご参照ください。
http://niramin01.blog43.fc2.com/blog-entry-330.html
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