韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
2015/08/02(日) 14:43:58

「花子の家」のとうもろこし

暑い!暑すぎます!
…という毎日が続いているうちに、8月に突入してしまいました。

にらみんの周りの畑では、トマトやきゅうり、ナスなどの夏野菜がたくさん採れています。
そして、忘れちゃいけない「とうもろこし」も!
茹でたり蒸かして食べれば、甘くてみずみずしくて、夏の最高のおやつですよね。

にらみんの「花子の家」の軒先にも、とうもろこしが吊るされましたよ。
何か黄色い物が














とうもろこしだ!















以前は柿や大根を干していましたが、夏になって干す野菜がなくなって寂しくなっていたんです。
待望のとうもろこしがやってきて、軒先に色彩が生まれました。

…ですが、正確にいうと、昔の風景は少し違っていました。
こんなに明るい黄色で、粒のみずみずしいとうもろこしが吊るされてはいなかったはずです。

今日吊るしたとうもろこしは、甘くて柔らかくて美味しい「スイートコーン」です。
山梨で大人気の品種、甘々娘やゴールドラッシュ、きみひめなどは、もちろんこのスイートコーンの一品種です。
30代以上の人には懐かしいであろう「ハニーバンタム」「ピーターコーン」なんかもそうですね。

「スイートコーン(甘味種と言います)」は、完熟する前の未熟な状態で収穫し、茹でたり蒸かしたりして食べる用途のとうもろこしで、日本にもたらされたのは明治時代のことだそうです。

あれ?じゃあ、江戸時代の人がとうもろこしの団子やおやきを食べてたって聞くけど、あれは何なの?…と思いますよね。

江戸時代に栽培されていたのは、「フリントコーン(硬粒種)」というものです。
フリントコーンは16世紀後期に日本にもたらされ、石臼でひいて粉にして用いることを主にしていました。メキシコのトルティーヤを思い浮かべると分かりやすいと思います。
江戸時代には米を作るのが難しい山間部で栽培されていましたが、とうもろこしが本格的に栽培されるようになったのは明治時代にアメリカから様々な品種がもたらされて以降のことです。
さらに、現代のようにポピュラーな野菜の一つとして親しまれるようになったのは、昭和35年頃からゴールデンクロスバンダムというスイートコーンの品種が普及してからのことだそうです。

↓にらみん展示室にある石臼。
展示室の石臼(ブログ用)












昭和30年代ころまで、山梨では「甲州もろこし」と呼ばれるフリントコーンが栽培されていました。
完熟させて硬くなった甲州もろこしを粉にひいて団子やおやきにしたり、お粥にしていました。今とは食感が違ったと思いますが、焼いて食べることもあったそうです。
平地が少なく水田が作りにくい山間部などでは、貴重な栄養源となっていました。

粉にするために干していたんですね。
昔のドラマや写真を見て、とうもろこしが干してあることを不思議に思った方もいらっしゃるのではないでしょうか(私もそうです)。

ですから、「花子の家」の軒先に本来吊るされるべきはフリントコーンで、硬く熟して、色ももっと赤みがかっていたはずです。

だから、時代考証が甘いと言われそうですが、どうかお許しください。

スポンサーサイト
 
コメントを投稿する
::この記事へのコメント::
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
::この記事へのトラックバック::