韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
最近、花子の生家ロケセットの周りでみんなの注目を集めている物があります。

↓コレです。何だかお分かりですか?
これは何でしょう?














でも、上の写真の状態では正しい向きではありません。
使うときは、金属の刃先が下に来るようにします。
刃先が土に刺さるようにするわけです。

↓使うときの向きはこうです。
正しい向きはこう












↓前から見るとこう。金属部分が土に刺さるように立てます。
馬側から見ると














こうなればピンとくる方が多いでしょう。
この道具は「犂(すき)」です。
馬や牛に縄で結び付けて引かせ、田んぼや畑の土を耕す道具です。
現代で言うとトラクター(の刃の部分)でしょうか。

なぜ犂が注目を集めているかと言うと、一か月ほど前のテレビ番組で、このような犂を馬につけて実際に馬耕をしてみる、という都留市のNPOの取り組みが放映されたためです。
(山梨ローカルの番組でしたので、他県の方はご覧になれなかったと思いますが…)
その番組をご覧になった方が結構多く、「あぁ、こないだやってたアレね!」という話題になるのです。

かくいうにらみんも拝見していた一人で、「実際に使うとあぁなるのかっ!」と大いに勉強させて頂きました(松山犂を使う様子を映像で見たのは初めてだったので…)。

写真の犂は「松山犂」と呼ばれるものです(先ほどの番組の中でも、「松山犂じゃんけ!懐かしいなあ」と言われていました)
明治34年、現在の長野県小県郡長和町大門に生まれた松山原造氏が特許を取得した犂であるため、そう呼ばれています。
正確に言うと、「松山式単ざん双用犂(そうようり)」という形式になります。
「単ざん」というのは、土を掘り起こす金属の刃が一枚という意味で、「双用犂」というのは刃の向きを右にも左にも変えられる、という意味です。
松山犂は昭和30年代くらいまで用いられていたので、ご年配の方には懐かしく思い出される方もいらっしゃるでしょう。

写真の犂にも、薄れてはいますが「松山犂製作所」の焼印が押されています。

↓「単三ざん双用犂」「松山原造発明」「大屋駅前 松山犂製作所」
 などの文字が見えます
犂の焼印
















大屋駅は、明治29年に開業した長野県上田市の信越線大屋駅のことです(現在はしなの鉄道)。
松山犂製作所はそこにあったことが分かりますが、現在は松山記念館として犂の歴史を展示する資料館になっています。

松山犂の使い方ですが、犂を牛馬に結び付けて人間はその後ろに立ちます。
人は、犂に付いているハンドルのような横棒の部分を持ち、刃先を土にぐっと差し入れながら、牛馬について歩きます。
刃先をどれくらい深く土に入れるかの調節には熟練の勘が必要になります。

↓後ろからみたところです
後ろから見ると














↓横棒の部分を持ちます
持ち手













さらによく見ると、縦の柄の裏側に金属製の細い棒が付いていますね。
これは、犂の刃先を右・左に変えるレバーです。
真ん中にレバーが















↓レバーを右に倒すと、刃先が右に傾きます
レバーを右に動かすと














↓前から見ると、刃先の向きが変わったことが分かります
前から見ると















刃先の向きが変えられなければ、牛馬を往復させたときに土を反転させる方向が左右逆になってしまい、堀り残す部分が出来てしまいます。
往復で常に一定の方向に土を掘り起こすには、行きと帰りで刃の向きを変える必要があります。
刃先の向きを変えられる「双用犂」は画期的で合理的な発明でした。

花子の生家ロケセットにいらっしゃった際は、どうぞ犂も探してみてください!

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