韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
2014/12/20(土) 15:06:43

「12月24日」のおはなし

もうすぐ、みなさんお待ちかねのクリスマスですね。
サンタさんが来るのは12月24日のイブの夜。
お子さんはもちろん、大人の方もソワソワしていることと思います。

実は、この韮崎という地の歴史にとって「12月24日」は重要な日だってご存じでしたか?

戦国武将・武田勝頼が新府城に入城した日なのです。
天正9年(1581)年12月24日に、甲府のつつじが崎館から新府城へ居を移したと考えられています。
(※旧暦なので、今の暦に直すと1月の末ごろに当たりますが…)

つまり新居へお引越しをした訳ですが、その移動のありさまは、金銀をちりばめた輿や華麗な馬の鞍を用い、騎馬武者を引き連れた立派なもので、見物人が群をなしたと記されています。

新府城は、信玄が住んでいたつつじが崎の館に代わり、後継者の勝頼が韮崎に新たに築いた城です。
七里岩の上に築かれ、西側は約130mもの切り立った崖になっていて防御にすぐれています。
「新府」とは「新しい府中(政治の中心地)」のこと。広大な領国統治の新たな拠点となるべき重要な城でした。

悲運なことに、新府城はわずか68日で灰燼と帰します。
翌天正10年3月3日の早朝、信濃方面から侵攻して来た織田信長・徳川家康軍の勢いを前にした勝頼は、自ら新府城に火を放ち、大月の小山田氏を頼るべく落ち延びて行くのです。
その途中、一行は穂坂町上ノ山の森で振り返り、炎に包まれた我が城を見て涙を流したと伝えられています。
(その場所はいま「涙の森」と呼ばれています)

こうした物語を持つ新府城には、悲しく、寂しいイメージが伴います。
しかし、書物をひもとけば、華麗な新府入城の様子が浮かび上がります。

12月24日はクリスマスイブ。
でも、ほんのちょっとだけ、新府城と勝頼のことも思い出してくれたらうれしいです。

P.S.
ちなみに。
民俗資料館の玄関でご記入をお願いしている入館受付の名簿。
その記入例が、

「 日付:12月24日 氏名:たけだ かつより 」

となっているのは、こういった理由なのです。細かいでしょう!?(笑)
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