韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
蔵座敷の中には、江戸時代のお店を体験できる道具を展示しています。

本来はお客さんの応接をする客間として使われていた
プライベートな空間なので、お店の道具を置くのはおかしいのですが…。
体験展示と割り切って許してください。

これは「帳場格子(ちょうばごうし)」。
お金を扱う場所(いまでいうレジ)を囲うための仕切りです。
帳場格子













吊るしてあるのは、「通い帳(かよいちょう)」という帳簿です。
誰がいつ何を買ったのかを、一ヶ月ごと一冊のノートにメモしてあります。
通い帳
















昔は、買ったその場でお金のやりとりをするのではなく、
一年に1~2回まとめてお客さんのところに代金の回収に行きました。
そのため、こういう帳簿をつけていたのですね。

これは「銭枡(ぜにます)」とか「銭勘定盤(ぜにかんじょうばん)」と
呼ばれる道具です。
40枚とか50枚とか、決められた硬貨をすばやく数えるのに使います。
銭ます
















羽子板に格子状の仕切りがついたような形をしています。
銭枡の上に硬貨を載せて左右に振ると、格子の中に硬貨が入り込みます。
全部の格子にきっちり入りきると、40枚や50枚など決められた数になります。

左側にある比較的新しい銭枡は、韮崎市役所で使われていたものです。
1円玉や10円玉など、現代のお金が50枚数えられます。

真ん中と右側の黒っぽい銭枡は江戸時代のものです。
長方形の硬貨(二朱銀)などを数えるものです。
小さいほうは40枚、大きいほうは80枚数えられます。

「40と80なんて中途半端じゃない?なんで50と100じゃないの?」

と思った方は鋭いです。
実は、江戸時代のお金の制度は4枚を区切りをしていたのです(4進法)。
一両小判1枚 = 一分金(銀)4枚 = 二朱金8枚 = 一朱金(銀)16枚
という感じです。
それで4の倍数の枚数が数えられるようになっているのですね。

さらに実は…
この江戸幕府の4進法の貨幣制度は、武田信玄が行った制度をお手本に
しているのです。山梨にルーツがあります。えっへん。
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