韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
2014/03/16(日) 22:23:20

「おかぶと」も登場

おひなさまと並んで、(ちょっと早いですが)端午の節供関係の
資料も展示しています。

たとえば、「おかぶと」!
明治時代のものです。
おかぶとも展示












「おかぶと」は、江戸時代後期から明治時代に流行した、
山梨独特の端午の節供飾りです。

1 武者などをかたどった「張子のお面」
2 兜の正面に付いた飾りと角のようなものを表した「前立て」
3 鎧を描き表した「垂れ」

この3つがセットになっています。
すべて紙でできており、棒で支えて立てて飾りました。
当館が収蔵するおかぶとは、前立てと垂れが無く、張子のお面のみです。

実際におかぶとを立てて飾るとどのような感じになるのかは、
甲府市のホームページに分かりやすい写真が載っています。
古い写真も載っていますので、ご覧頂きたいと思います↓
http://www.city.kofu.yamanashi.jp/senior/tsubo/028.html

甲府市HPの古い写真を見ると分かるのですが、
「おかぶと」は縁側などの外から見える場所に飾られていました。
現在の五月人形は、座敷やリビングなど室内に飾りますから、
そこも大きな違いです。

もともと、江戸時代初期から中期の端午の節供では、玄関の周りなど
道に面した場所にのぼりや兜、なぎなたなどを飾っていました。
江戸中期以降、それらがミニチュア化し、道に面した場所から縁側へ、
さらには座敷へと飾る場所が変化したと考えられているそうです。
「外飾り」から「内飾り」への流れがあります。
江戸時代後期に成立した、室内に飾るための工芸的な鎧兜や武者人形が
現在の五月人形の原型と考えられています。

外から見える場所に飾られたおかぶとは、江戸時代の外飾りにルーツが
あるのですね。
「おかぶと」は、明治時代の県庁による民俗儀礼簡素化の通達によって衰退したり、
東京から室内に飾る五月人形がもたらされるようになって衰退した、
などと考えられています。
山梨でも、「外飾り」から「内飾り」への流行の変化が起こったのですね。

消えてしまった民俗「おかぶと」は、平成21年に山梨県立博物館で
シンボル展が開催され、再び注目を集めました。
私もそのときに担当の学芸員さんから説明を伺い、勉強させて頂きました。

平成21年 山梨県立博物館シンボル展
「消えた『おかぶと』 節供人形カナカンブツの謎を追う」(終了しています)
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/5th_tenjiannai_symbol_015.htm

おかぶとは、今となってはたいへん貴重なものです。
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::この記事へのコメント::
おはようございます。
県内各地だけでもいろいろな伝統行事があって興味深いこと。
にらみんちゃんのところには「おかぶと」もあるのですね!
消えてしまった行事なども思い出しながら読ませていただいています。
前回の「御殿飾り」のおひな様・・ほんとに竜宮城みたいですね。その下に7段飾りもついていたなんてどんなに豪華なものだったことでしょう。私のお雛さまも御殿飾りですがささやかなものです。戦後「まだ物のない時代」にそれでも母の里から孫への贈り物だったと母から聞いています。
「おかぶと」のこと このかいじあむのシンボル展で初めて知りました。
そういえば、先日のNHKニュースの中で学芸員さんが「引き出し」の中から「おかぶと」を見せてくれていました。「学びの引き出し」ですね!・・私は先日「ワタ」のジオラマの下の引き出しから「おひな様」が顔を出して驚いてしまいました。表に出しておいてほしいな、あの日は大型バス3台で大勢の方がいらしていましたが「引き出し」をあけている人は見受けられませんでしたもの。・・・と、ここで言ってもしようがない。「おかぶと」を見られなかったもので、つい・・。
(訂正とお詫び)↓
いただいたコメントの返信を訂正(=追加)しました。
「オカリヤ」を作っているのは「ある川に沿って」を受けての川の名前を訂正しました。私がみている地域に流れるのは「鼓川」「赤芝川」この二つの川沿いです。合流してまた「琴川」に注がれる川たちです。すみません、お時間をみて読んでいただきたく投稿者takeに入れました。

2014/03/21(金) 07:33:17 | URL | take #e2xIBKiE[ 編集]
学びの引き出し、開けてほしいですね~
Take様

こんにちは。いつもお読み頂いてありがとうございます!
お返事が遅くなって大変申し訳ありません。

私の叔母も竜宮城みたいな飾りつきのお雛様を持っていたそうです。
昭和30年頃の生まれなので、やっぱりその時代に流行ったものなのだなあと思いました、
Takeさんのおっしゃるように、戦後まもない昭和20年代にあのような豪華なお雛様が
流行ったということに驚かされます。
「子供が健康でつつがなく育ってほしい」という願いが、何よりも切実で、
真っ先に大事にされていた証ではなかいと感じられます。

県博の「おかぶと」はニュースで取り上げられたのですね。
にらみんのおかぶとも取材に来てほしいなあ…(笑)
「学びの引き出し」は、開けると何が入っているのか楽しみなので、
ぜひ多くの方に開けてみてほしいですね!
去年から「学びの引き出し」の展示がより充実して、今まで展示されたことのない
民俗資料が登場することが増えました。
詳しいキャプションも付いていますし、ぜひ開けてみてくださーい!
…と、ここで力説してもどうかと思いますが、山梨県立博物館の常設展に
行かれる方は、忘れずに「学びの引き出し」をチェックしてほしいと思います。

>鼓川と赤芝川
詳しく教えて頂いてありがとうございます!
牧丘は琴川、鼓川、笛吹川…楽器に関する名前の川が多くて素敵ですね(^^)
オコヤについては、takeさんのブログの方にコメントさせて頂きました。
2014/03/27(木) 14:27:03 | URL | 新米にらみん #-[ 編集]
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