韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
「にらみん」は韮崎市民俗資料館のニックネームです。伝えたいな~、このまちのいろんなトコやコト♪
2010/02/03(水) 23:57:43

新府城のこと3

新府城(しんぷじょう)が、武田信玄(しんげん)の息子の武田勝頼(かつより)さんのお城であったことや、勝頼さんが入城する時はとても華やか(はなやか)だったことを前回お話ししました。

それでは、これから新府城がどんなお城だったのかをお話したいと思います。

その前に、皆さんはお城というと、どんなものを思い浮かべますか?

きっと、「石垣(いしがき)」だとか「天守(てんしゅ)」ではないでしょうか城

では、姫路城(ひめじじょう)のような石垣や天守が新府城にあったのでしょうか?

実は、ありませんでした。高い石垣や天守を作る時代のちょっと前のお城なのです。

でもがっかりしないでくださいね!

「城」という漢字は「土」+「成」でできていますよね。
「土」を削ったり盛り上げたりすることで「成」りたっているのが「城」だということなんですよね。 (ちょっとこじつけですが・・・(・▽・;)あせ

ということで・・・、新府城の中へのご案内は次回です・・・! 

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