韮崎市民俗資料館ブログ〜「にらみん」のお散歩日記〜
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2009/07/02(木) 22:10:03

坂井遺跡

イギリス大英博物館イギリスへ仮面土偶と一緒に旅立つ坂井遺跡の土偶。
そんな土偶の発掘された坂井遺跡の調査の歴史は、実は大正元年に始まります!。そして、その歴史は志村滝蔵さんの歴史でもあります。

大正元年から昭和40年までの間に農業を行いながらも滝蔵さんは息子の富三さん達とともに、発掘調査等を手がけました力こぶ

坂井遺跡竪穴住居 その間には、昭和25年には多くの協力を得ながら、坂井考古館を設立されました。山梨県第一号博物館の誕生です!そして、遺跡には仮復元の住居跡があり、今でもそこに竪穴住居があったことを伝えています。

ところで、「にらみん」の仕事の一つには発掘調査シャベルがあります。「にらみん」がいつもココロに思う滝蔵さんの言葉があります。。。
『考古学という学問は、遺跡発掘調査が基礎であるが、しかし発掘者は常に遺跡を破壊しているともいうことが出来るのである。だから、その結果を細かく観察し、記述して世間に紹介するのが、発掘者の当然の責務である。』
この言葉を見るたびに、ココロが引き締まります。

韮崎に生まれ、韮崎に育ち、そして韮崎の土に帰った、志村滝蔵さんの遺跡や農業に対する姿勢は、私達に何かを訴えているような気がしてならない「にらみん」ですさとと-事故

 
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